出生前診断における医師の過失と損害賠償責任 第5回 人工妊娠中絶について考えよう

前回、母体保護法には、胎児の異常を理由とする中絶を認める条項(いわゆる胎児条項)はなく、障害のある子の出生を理由とする中絶は認められていないことを説明しました。

現在、日本で人工妊娠中絶はどのくらいの数、実施されているのでしょうか?

数値を見てみると、平成26年には、およそ18万2000件の人工妊娠中絶が実施されています。
その多くは、母体の身体的理由や経済的理由(母体保護法14条1項1号)による中絶と考えられます。

そして、出生前検査実施機関であるNIPTコンソーシアムの報告によると、羊水検査で染色体異常と診断された756人の妊婦さんのうち、729人(96.4%)が中絶したということです。
これは、胎児の染色体異常と診断された場合、相当数の妊婦さんがその後に中絶していることを意味すると同時に、一定数の妊婦さんは、染色体異常のある子を出産することを選択したことも意味しています。

これまでに紹介した、事例や法規制、データなどを見て、皆さんはどう思われますか?

障害のある子の出生を回避することができなかったとして損害賠償を認めることは、障害のある子の尊厳を傷つけ、その権利を侵害する可能性があります。
また、中絶することにより生じうるマイナスの面や、出生した子を育てることに伴うプラスの面など、親への影響は複雑で、障害のある子の出生が損害であると単純に判断することもできません。
NIPTコンソーシアムの報告からも、胎児の染色体異常と診断された場合において、出産するかどうかの親の選択が一様ではないことがわかります。

他方で、現在の日本で、実際には相当数の人工妊娠中絶が、母体保護法のもと行われている事実を無視することもできないようにも思われます。

裁判所は、法的問題だけでなく倫理的問題を含む複雑な問題に対し、妊娠前と妊娠後の類型に分けて考えることで、一定の方向性を示しました。

今回の問題は、法律の文言の単純な解釈だけでは解決しない、とても難しい問題であり、何が正しい答えなのかわかりません。

生きるとは何か、命とは何か、尊厳とは何か、自己決定とは何か、などなど、みなさんが考えるきっかけとなれば、六法ちゃんはうれしく思います。

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