出生前診断における医師の過失と損害賠償責任 第3回
\ 「妊娠前」or「妊娠後」/
今回は、出生前診断について、裁判ではどのように考えられているのかを紹介します。
初めて読まれる方は、是非2つ前の投稿からお読みください。
少し難しく感じるかもしれませんが、六法ちゃん、頑張って説明しますね。
まず、前回登場した例え話を改めて紹介します。
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A子さんが妊娠中に、お腹の赤ちゃんについて障害はないかを検査したいと思い、出生前診断を行いました。
医師による診断結果は、赤ちゃんに障害はないというものでしたが、実際に生まれた赤ちゃんは障害を持っていました。
診断の際、この医師になんらかの落ち度があったと考えられた場合、A子さんや生まれた赤ちゃんは、医師や病院に対して損害賠償請求を行うことができるのでしょうか。
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このような問題について、裁判所の判断には、ひとつの基準がありそうです。
それは、出生前診断に関連する医師の過失の時期です。
過失があったとされる時期が、「妊娠前」なのか、「妊娠後」なのかにより、裁判所の考え方は異なっている傾向があるようです。
たとえば、第1回でお伝えした先天性風疹症候群の事例は、妊娠初期の妊婦さんの風疹罹患についての診断における医師の過失ですから、「妊娠後」の医師の過失に分類されます。
また、ダウン症の診断のための羊水検査(妊娠子宮内の羊水を採取して赤ちゃんのダウン症などの染色体異常を診断する検査)における医師の結果説明ミスについての事例も、「妊娠後」の医師の過失に分類されます。
これらの「妊娠後」の過去の事例には、現在まで4つの先天性風疹症候群の裁判例とダウン症の裁判例があり、いずれも親の慰謝料請求のみが認められ、経済的損失の請求や子自身の慰謝料請求は否定されました。
赤ちゃんからの請求は認められず、親のあくまで精神的苦痛に対する損害賠償だけが認められた、ということですね。
他方で、「妊娠前」の遺伝相談における医師の過失の事例では、親の慰謝料請求のほか、子供の介護費用などの経済的損失の請求も認められました。
この具体例としては、このようなものがあります。
ある遺伝性疾患を発症していた長男の診察において、その両親が医師に「次の子を作っても大丈夫ですか?」との相談をしたところ、医師がその病気について「兄弟に出ることはまずない。」と説明をしていたのですが、三男が長男と同じ疾患を発症したという事例です。
裁判所は、なぜ、このように「妊娠前」と「妊娠後」の事例で、異なる判断をしたのでしょうか?
六法ちゃんが考える大切なポイントは、恐らく「医師の判断に落ち度がなかった場合に本人に取ることのできた手段の違い」です。
障害のある子の出生を回避するための手段は、「妊娠後」の事例では人工妊娠中絶であるのに対し、「妊娠前」の事例では避妊です。
人工妊娠中絶と避妊との間には、身体への侵襲の程度や倫理的な意味合いも含め、とても大きな違いがあります。
裁判所はこの点に目をつけて、判断をしたのだろうと考えられます。
次回は、人工妊娠中絶の法的問題とあわせて、続きを考えてみたいと思います。