六法ちゃん、初のインタビュー企画。
弁護士の喜田村洋一先生にお話を伺っています。
六法ちゃん
弁護士の喜田村洋一先生をお迎えしての、六法ちゃん初のインタビュー企画の5回目です。
六法ちゃん
今回は、法律を学んだ人なら必ず知っている憲法訴訟「在外日本人選挙権訴訟」につい て喜田村先生に質問します。
六法ちゃん
事件を知らない方のためにも、少し説明が必要なので、どんな事件なのか六法ちゃん が簡単に説明して、インタビューを始めます。
六法ちゃん
本来、法律は、国の最高法規である憲法に適合していなければなりませんので、憲法 に適合していない法律は、国会で改廃する必要がありますが、それができなければ、 裁判を通じて、改められなければなりません。
六法ちゃん
裁判所が、法律が憲法に違反していることを認める判決のことを、「法令違憲判決」 といいます。
六法ちゃん
日本でも、憲法に法律が違反していると主張する訴訟が、多く提起されていますが、裁 判所が憲法違反と判断する例はほとんどなく、これまでに出された法令違憲判決は、 わずか11件しかありません。
六法ちゃん
そのわずか11件しかない法令違憲判決の一つである、「在外邦人選挙権訴訟」(最高 裁平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁、判例時報1908 号36頁)の弁護団の代表をつとめられたのが、喜田村洋一先生です。
六法ちゃん
今回は、当時のエピソードなどについてもお聞きしました。
[在外日本人選挙権訴訟とは]
国外に住む日本人(在外邦人)は、1998年までの間、選挙権の行使を一切認められておらず、それ 以降も行使できるのは、衆議院及び参議院とも、比例代表選出議員の選挙に限定されていました。
本 件の原告らは、日本国に対して、主位的に、在外邦人であることを理由として、選挙権の行使を制限 する公職選挙法が、憲法14条1項、15条1項、3項、43条44条並びに市民的及び政治的権利に関する 国際規約(自由権規約)25条に違反することの確認、予備的に原告が衆議院選挙区選出議員の選挙及 び参議院選挙区選出議員の選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認及び投票をするこ とができなかったことによって生じた慰謝料の支払等を求めて訴えを起こしました。
第1審及び控訴審ともに、違法確認請求に係る訴えをいずれも却下するとともに、損害賠償請求につ いては請求を棄却しました。
しかし、最高裁判所では、控訴審の判断を覆し、本件判決後の次回の衆議院議員の総選挙における小 選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において、在外選挙 人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることを確認するとともに、 国家賠償請求を一人当たり5000円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で容認しまし た。
六法ちゃん
喜田村先生はこの事件の弁護団長をご担当されたのですね。
六法ちゃん
どのような経緯で受任されたのでしょうか?
90年代に、アメリカに居住する日本人が中心となって、外国にいる日本人(在外邦人) にも選挙権の行使が認められることを目的として、「海外有権者ネットワーク」が設立されました。
喜田村先生
この団体は、在外選挙制度を設けるよう、再三、政治家や霞が関の官 庁に申し入れをしていたのですが、どれも実を結ばなかったようです。
喜田村先生
そこで、原告らは、最後の手段として司法に救済を求めることに決め、1996年に日弁連に相談しました。
喜田村先生
当時、私は日弁連の人権擁護委員会の委員でしたので、原告の話を聞きました。
喜田村先生
日弁連では意見書を作成して関係官庁等に提出したのですが、私個人でも、話を聞き、参政権という重要な権利が侵害されていることを放置するわけにはいかないと強く思うに至り、受任することになりました。
喜田村先生
六法ちゃん
国民主権のもとでは、国民が一票を投じる参政権は、最も大切な権利の一つですよね。
六法ちゃん
事件の概要を知ったときに、最初からこれは勝てると思っていたのですか?
まず、原告から話を聞いている最中に、国民主権の根幹であり、憲法にも国民の権利と 定められている日本人の国政への参政権を日本国民が制限されるのは絶対におかしいと思いました。
喜田村先生
そしてこれは裁判所も同じように考えるだろうと思いました。
喜田村先生
すなわち、裁判所、とりわけ最高裁判所が日本国民の国政選挙の選挙権の行使が制限されるということを認 めることはあり得るわけがない。
喜田村先生
また、このような事件は今まで争われたことがないことが分かっていましたので、当然、 大法廷に回され違憲判決が下されるだろうと確信していました。
喜田村先生
ただ、最高裁で最初にどの小法廷がこの事件を担当するかということは弁護士が決めることはできないのですが、実際には、事件の帰趨を左右してしまうこともある本当 に大切な問題なんですよ。
喜田村先生
同時に、この事件では法律上の争訟性についての過去の判例や、立法裁量に関する過去 の判例が障害になるなと思いました。
喜田村先生
六法ちゃん
第一審、控訴審とも、請求の一部は却下され、一部は棄却されていますが、これは想定されていたのでしょうか。
第一審、控訴審で敗訴することは想定の範囲内でした。
喜田村先生
第一審や控訴審の裁判官は最高裁の先例に抵触するようなことはしたがらないでしょう。
喜田村先生
警察予備隊に関する最高裁大法廷判決と在宅投票制度に関する最高裁判決を機械的に適用して事件を処理するだろうということはある程度予想していましたが、あそこまで見事に予想が的中するとは正直なところ驚きでした。
喜田村先生
六法ちゃん
警察予備隊に関する最高裁大法廷判決と在宅投票制度に関する最高裁判決とは、どのような判決で、本件においてどのように乗り越えなければならない判決だったのでしょうか。
警察予備隊事件は、当時の社会党委員長が、個人としての資格で警察予備隊が憲法に違反するかどうかを争った事案です。
喜田村先生
しかし、仮にこの裁判で原告が勝訴しても、当該原告に具体的な権利が発生するわけではない。
喜田村先生
最高裁は、裁判所に判断を求めることができるのは、特定の者の具体的な権利義務や法律関係につき紛争の存する場合のみであり、裁判所が具体的事件を離れて抽象的に 法律命令等の合憲性を判断できるとの見解には根拠がないとしました。
喜田村先生
六法ちゃん
なるほど。
六法ちゃん
もう既に実施されてしまった選挙の選挙権について後から裁判で争っても、 勝ったところで何も権利が発生するわけではないから、裁判をする意味がないということですね。
この判例を本件に形式的に当てはめると、原告の訴えは、抽象的に公職選挙法の違憲性を主張するものであり、裁判所の違憲審査権の枠外とされてしまうおそれがある。
喜田村先生
そこで、違憲審査権の対象であるということを主張するためには、在外選挙制度を設けなかったことが違法であるとして、国家賠償請求をしておくことになります。
喜田村先生
ところで、この法律の規定が違憲であるということを理由とする国家賠償請求の可否について論じられたのが、1985年の在宅投票制度の廃止に関する最高裁判決です。
喜田村先生
六法ちゃん
在宅投票制度の廃止とは、病気などで外出して投票所まで行くことのできない人々のための在宅での選挙権行使制度が1952年に廃止されてしまったことに関する事件のことですね。
六法ちゃん
このときは立法府の広い裁量が認められて合憲となり、現在も在宅投票制度は廃止されたままなんですよね。
はい(ただし、一定の障がいを持つ人については、郵便による不在者投票制度が設けられています)。
喜田村先生
在宅投票制度の廃止に関する最高裁判決においては、国会議員の立法行為には広範な 裁量が認められると判断されていたので、今回の在外選挙制度を設けないことについても、同様に立法府の裁量の範囲内と判断されてしまうおそれがありました。
喜田村先生
憲法上認められた国民の選挙権の行使を認めるか否かについて、立法府に裁量など絶 対あるはずはないわけですけど、在宅投票制度の最高裁判例は、「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うがごとき例外的な場合を除き、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けない」と判断していましたので、本件の場合も広範な裁量が認められて合憲と判断されることは十分に想定されてしまうわけです。
喜田村先生
第1審や控訴審は見事にその予想が的中したことになりますね。
喜田村先生
地裁や高裁の裁判官は、在外選挙制度も、過去に合憲となった先例と同様に考えたと いうことですね。
喜田村先生
六法ちゃん
地裁や高裁の裁判官は、在外選挙制度も、過去に合憲となった先例と同様に考えたということですね。
六法ちゃん
理屈と事実で説得力のある説明をしても、勝訴までの道はかなり厳しい道のりなのですね。
六法ちゃん
次回は、ここから最高裁判決までどう戦ったのかをお聞きします!